自己紹介(仕事編)

エンジニアから経営者、そして「ハイブリッドな平社員」へ

私のこれまでのキャリアを一言で表すなら、「熱湯の中を泳ぎ抜いてきた、異色の雑草系キャリア」かもしれません。

20代前半での起業、年商2億のネットショップ運営、そして40代半ばでの再就職。
一見すると脈絡のない道のりに見えるかもしれませんが、そのすべてが今の私の血肉となっています。
少し長くなりますが、これまでの歩みを振り返ってみたいと思います。


1. 「エンジニア」のはずが、気づけば「海」と「営業」の最前線へ

私の社会人生活は、2000年に大阪の不動産コンサルティング会社から始まりました。
当時は「就職氷河期」真っ最中。
2年間学んだコンピュータ総合学園HAL(現HAL大阪)を卒業し、ネットワークエンジニアとして採用されたものの、待っていたのは想像を絶するマルチタスクな日々でした。

いやぁ・・・。
ネットワークの海ではなく、リアルな海に潜るとは思いませんでしたね(笑)

  • 社内インフラ整備: 誰もPCに詳しくない環境で、社員へのパソコン指導、LANケーブルの配線レベルからスタート。
  • Web制作: グループ店舗のスキューバダイビングショップや、本社のHP制作を担当。
  • 現場スタッフ: 夜や土日はダイビングショップの店番。会社の方針でCカード(スキューバダイビングライセンス)や小型船舶免許まで取得。
  • 不動産営業: HP制作業務が終わると、次は不動産オーナーへのテレアポや営業。

いわゆる「ブラック」な環境で、日付が変わるまで働くのが当たり前の毎日。
当時は毎日寝不足気味で体力的にはしんどかったのですが、「つらい」と落ち込むことはありませんでした。
「社会人って、きっとこういうものなんだろうな」と、なんとなく受け入れて日々を必死に過ごしていた、という感覚です。

しかし、この「熱湯」のような過酷な3年半で、ITスキル・営業力・そして現場対応力という、ビジネスの基礎体力が徹底的に鍛えられました。


2. 24歳の誕生日に「社長」になる

2003年、高校時代の友人との縁から独立を決意。
23歳の秋から準備を進め、司法書士に頼らず自ら登記手続きを進めました。
そして偶然にも会社設立の登記が完了したのは、私の24歳の誕生日である12月8日でした。
こうして「株式会社ネーチャーネット」が誕生します。

当初は法人向けのITコンサルを行っていましたが、新規開拓の壁は高く、受注できても無茶な要望が多い割に実入りが少ない……という世間の厳しさを痛感。
そこで舵を切ったのが、PCパーツのネットショップ「PCアクロス」でした。

  • 初年度売上600万円程度からスタートし、毎年倍のペースで成長。5~6年程で年商1億円~2億円規模へ。
  • 少人数での運営は多忙を極めましたが、売上が増えていく手応えは格別でした。
  • 同時に、景気に左右されない安定基盤を作るため、大家さん業(不動産賃貸業)にも着手。

会社設立10年ぐらいの時期に、「攻め(事業)」と「守り(資産運用)」の両輪を回す重要性を身をもって学びました。


3. 「お金の専門家」としての歩みと、次なるステージへ


ネットショップを運営しながら「次の柱」を模索していた時、ふと目に留まったのがファイナンシャルプランナー(FP)という資格でした。

試しに3級の問題を無勉強で解いてみたところ、いきなり約50点(合格は60点)。
「これ、知っていることが多いし面白いな」という直感、そして「ファイナンシャルプランナーってなんだかカッコイイ」という不純な動機(笑)から勉強をスタート。

しかし、3級・2級と取得してもなお「この程度の知識では人に説明なんてできない!」という不安に駆られ、実務的なAFP認定も受けました。
それでも足りない……と悩んだ末に門を叩いたのが、地域の勉強会グループ「SGあまがさき」でした。

そこでの縁が繋がり、気づけば現在、私はその「SGあまがさき」の代表を務めています。。。

さらに、FP協会兵庫支部でのボランティア活動、相談員研修、フォーラムでの相談業務、セミナー講師……と、無我夢中で経験を積みました。
2020年には、IT経験とFP知識を融合させた「お金とパソコンの相談業務 オフィス・アクロス」を始動。
その後もFP協会兵庫支部でのボランティア活動にも注力し、2020年には支部幹事。
2024年からはFP協会兵庫支部の副支部長という大役も仰せつかっております。


現在:生意気(?)な「ハイブリッド平社員」として

そして2024年。20年間守り続けてきた株式会社ネーチャーネットの代表を退き(相方へ譲渡)、心機一転、義父の会社へ「平社員」として入社しました。
※FPとしての相談業務「オフィス・アクロス」と「事務所(建物)」のみ私が引き受けました。

現在は、平日の昼間は事務・経理を担当する会社員。
週末や夜はファイナンシャル・プランナーという、二足のわらじを履いています。
副業なのにリアル事務所持ちという贅沢な環境です(^^;

  • 平社員だけど、元経営者の視点でズバズバ発言する。
  • 事務職だけど、FPの知識で社員の福利厚生を説明する。
  • ITに強いので、社内のデジタル化にも首を突っ込む。

「平社員・社長・平社員」という特異なキャリアを歩んできましたが、今が一番、自分の持っている多様なスキルを自由に組み合わせられている気がします。

最後に

PCの不具合から、株式投資、不動産の活用、そして人生のマネープランまで。

エンジニアの論理的な視点叩き上げ経営者の泥臭い視点」の両方を持って、これからも誰かの役に立てる存在でありたいと思っています。

長文をお読みいただき、ありがとうございました!


自己紹介(株式投資編)


私の株式投資ヒストリー:約20年の経験で辿り着いた「ゲーム感覚」の資産形成

「投資って難しそう」「勉強しないと勝てないのでは?」

そう思っている方にこそ、私の歩みを知っていただきたいです。
現在、評価額ベースで約2,000万円ほどを運用していますが、その中身は小難しい理論ではなく、20年かけて磨いた「感覚」と「成功体験」の積み重ねです。

1. 「人生をナメていた」デイトレード時代(2004年〜)

投資のスタートは2004年。元手30万円、信用取引を使ったデイトレードからでした。

身近な友人に操作を教わっただけで、難しい本を読んだことは一度もありません。
今でも小難しい理論は苦手です。

当時は「1取引で数千円」を目標にコツコツやっていました。
稼いだお金で現物の安い優待銘柄を少し買う。優待品と共に配当金もゲット。
そして、またデイトレードでコツコツ。。。
ゆっくりと、しかし確実に資産は増えていきました。

2. 忘れもしない2013年5月23日。日経平均先物での「大やけど」


2013年に入り、きっかけは忘れましたが日経平均先物取引を開始しました。
するとどうでしょう。株式の信用取引で培ったテクニックを駆使してみたところ、驚くほど簡単にお金が増えていきました。
(タイミングは見計らいますが)10分で5万円プラスになるような世界に浸り、正直に言えば「働くのがアホらしい」と、人生を完全にナメていました。
妻いわく、当時の私は「いつでもチャンスを狙って目がギラギラしていた」そうです。

順調に見えた私ですが、株式投資とは別の「日経平均先物取引」で大きな挫折を味わいます。

株式投資用の資金とは別に用意した100万円を元手に、わずか3ヶ月で700万円まで増やして絶好調だった矢先、あの日が来ました。2013年5月23日の大暴落。

画面に表示されたのは、一瞬にして「マイナス数百万円」。

最終的にいくらで損切りしたかは内緒ですが(笑)、あの絶望感で目が覚めました。

常日頃からチャンスを狙って目がギラギラしている状況は、精神衛生上よくないと悟り、先物を含むハイリスクな取引からはスッパリと足を洗いました。

3. 「何もしない」が正解? 投資信託6年の驚きの結果


その後、現物株をコツコツ買い集めるスタイルに戻る形で資産運用しておりましたが、人へ教える為には自分がやってみないとわからないという理由で、2020年1月から「毎日100円積立」という投資信託もなんとなく始めてみました。

正直、投資信託にはあまり興味がなく、存在を忘れるほど放置していたのですが、6年経って中身を確認して驚きました。

  • eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー):146,100円購入(+137,566円)
  • eMAXIS Slim 先進国株式インデックス:146,100円購入(+146,660円)
  • eMAXIS バランス(8資産均等型):146,100円購入(+61,376円)
    合計で43万8千円程購入して、34万円以上の利益が出ていたのです。
    少額でも「何も考えずに続ける」ことの凄さを思い知らされました。

    ※当時話題になっていたファンドを買いはじめただけで、推奨している訳ではありません。

4. 現在の投資哲学:徹底した「待ち伏せ」と「ゲーム感覚」


現在(2026年)、運用資産は評価額で約2,000万円になりました。

※一応証拠置いておきます
左がメインのSBI口座で、右が積極売買用の楽天口座です。

今の私のコンセプトは、驚くほどシンプルです。

  • 徹底した「待ち伏せ買い」:指値を入れて放置。下がれば買う。下がらなければ買わない。
  • 「バーゲンセール」を待つ:市場全体の暴落タイミング以外はスルー。

私にとって投資は、ある種「ゲーム」に近い感覚です。
ルールと操作方法さえ覚えれば、あとは経験を積むだけ。
難しい理論を知らなくても、この感覚を身につければ利益は出せます。

実際、私が講師として生徒さんに教えている内容も、投資に関しての注意事項の他は、最低限の単語と操作方法だけです。
それでも皆さんしっかりと利益を出せるようになっています。
ハイリスクなことをしなくても、株式取引はやり方次第で普通に勝てる
これが、20年かけて私が実証してきた答えです。


自己紹介(趣味編)


【自己紹介】趣味編:人生の半分は「画面の中」(笑)

私のこれまでの人生を語る上で、切っても切り離せないのが「趣味」の時間です。

仕事以外の私がどんなことに熱中してきたのか、3つのキーワードでご紹介します。

1. 「勉強しろ、仕事しろ」と言いたくなるほどのゲーム人生

私の原点は、間違いなくゲームにあります。

  • はじまりは4歳の冬?: ある日、父が買ってきたファミコンがすべての幕開けでした。
    初期の『ベースボール』や『デビルワールド』、『ファミスタ』に夢中になった幼稚園時代。
  • ディスクシステムからスーファミ・セガサターン・PS2へ: 『ゼルダの伝説』『リンクの冒険』に驚き、小学生になると『スーパーマリオブラザーズ』を経て『ドラゴンクエスト』シリーズの熱狂の中にいました。
    スーパーファミコンが発売されてからは『スーパーマリオワールド』を最初見たときはファミコンとは違う画質の美しさに感動した記憶があります。
    『F-ZERO』や『マリオカート』等で友人と厚く競い合った日々もありましたね。
    中学生時代は『ファイナルファンタジー 5や6』が発売された際には誰よりも早くクリアするべく集中してゲームした記憶があります。
    セガサターンの『バーチャファイター』などはゲーセンでお金を払ってプレイするゲームが自宅でやり放題!と1プレイいくらだから元回収したな~などと思っていました。
    プレイステーション2も『ファイナルファンタジー7』を中心にいろいろ遊んだ気がします。(タイトル多すぎて割愛)
  • 学生時代のすべてを捧げて: 正直、勉強の記憶はほとんどありません(笑)。
    高校受験の1週間前だけ必死に勉強した以外、自由時間はすべてテレビゲームに費やしていました。

大人になってからもその情熱は衰えず、ネット黎明期にはパソコン通信、専門学生時代には『Age of Empires』や『Starcraft』などのオンライン対戦に没頭。
社会人になってからも『FF11』で夜更かしをし、起業してからは『アトランティカ』を10年ほどプレイしていました。

※アロン・ディオーネサーバーの皆様へ

「かつや」という名前でプレイしていました。
当時お世話になった方、あるいはご迷惑をおかけした皆様、その節は本当にありがとうございました!

最近は少し落ち着き(他が忙しくなり?)、隙間時間に『将棋ウォーズ』を嗜む程度になりましたが、私の根っこは今でもゲーマーです。

2. 「AIっぽい」と言われる、理詰めの将棋

2番目の趣味は将棋です。

気軽な趣味といえば趣味なのですが、一応アマチュア初段の免状をいただいています。

  • 段位: 『将棋ウォーズ』の10分切れ負けでは二段まで昇段しました。
  • 戦法: 「アヒル囲い」と見せかけて「エルモ囲い」にシフトする、少しトリッキーな形からAIのような冷徹な指し回しをするのが得意です。
  • エピソード: かつて梅田にあった「将棋バーwars」のマスターからも、「AIみたいな将棋を指しますね」と評されたことがあります(笑)。

最近はリアルで指す機会は減りましたが、たまに幼なじみの太一君と事務所で数時間、じっくり盤を挟む時間が良いリフレッシュになっています。

3. 冬の静寂と、炭火の贅沢

インドア派な私ですが、唯一と言っていいアウトドアの趣味が冬場のキャンプです。

  • スタイルは「車中泊」: テントではなく、あえて快適な車内で夜を過ごすスタイル。
  • こだわりは「焼き肉」: 寒い中、ミニグリル(通称:メタル賽銭箱)に炭を熾し、じっくりとお肉を焼く。この時間が最高に贅沢なんです。

 

これも幼なじみの太一君と一緒に行くことが多いのですが、冬の澄んだ空気の中で火を眺める時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれます。


【まとめ】

ゲーム、将棋、冬キャンプ。

ジャンルはバラバラに見えるかもしれませんが、実はどれも「戦略を練る」「効率を求める」「一人の時間を楽しむ」という部分で共通している気がします。

もし共通の趣味をお持ちの方がいれば、ぜひお話ししましょう!


あと、余談で……

学生時代、「ゲームばかりしているとバカになる」と言われて育った世代の方は多いと思います。
ですが、幼稚園から現在まで、筋金入りのゲーマーとして生きてきた私からすると、少し違う景色が見えています。

攻略に向けて膨大な情報を集め、仮説を立て、トライ&エラーを繰り返して最適解を導き出す。
そこには凄まじい集中力と論理的思考が求められます。
これは、さほど悪い趣味どころか、むしろ現代においては非常に有益な「知の訓練」だとさえ思います。

実際、私にとって現在の株式投資(特にデイトレード)は、完全に「ゲームの延長」という感覚です。
市場のデータを分析し、瞬時に判断を下し、リスクを管理しながら勝利(利益)を目指す。

僭越ながら、投資用の金融資産を2000万円程度まで増やせた才覚の源泉は、間違いなくあの「ゲームばかりしていた日々」にあると本気で思っています。

あ。もちろん、ただ「ふわっと暇つぶしにだらだらゲームをする」のとは訳が違いますよ?
あくまで、システムを理解し、攻略することに心血を注ぐ。
その「本気の遊び」の経験こそが、現実の資産形成というステージで牙を剥くのだと考えています。

もしお子さんが「本気でゲームに集中している」のであれば、それは怒る所ではなく、むしろ褒めて温かく見守るのも1つの教育方針になるのではないでしょうか。

自己紹介(ギャンブル編)


データと相馬眼で挑む「競馬投資」

私は普段、いわゆる「ギャンブル」をほとんどしませんが、唯一の例外であり、かつて情熱を注いでいたのが競馬です。

単なる「博打」ではなく、データとロジックを積み重ねる「投資」に近い感覚で楽しんだ、私の競馬史をご紹介します。

1. 原点は「ゲーム」と「マンガ」

競馬に興味を持ったのは中高生の頃。
当時の競馬ブームを象徴する作品群にどっぷりと浸かっていました。

  • ゲーム: 『ウイニングポスト』『ダービースタリオン』『ターフヒーロー』
  • マンガ: 『みどりのマキバオー』『風のシルフィード』『じゃじゃ馬ぐるーみん★アップ!』

当時はまだ馬券を買える年齢ではありませんでしたが、父が電話投票(当時はプッシュホン式でしたね)をするついでに、自分の予想を少しだけ買ってもらったりしていました。

2. 「行動力」が引き寄せた師との出会い

20代前半、JRAのI-PAT(インターネット投票)を契約してから本格的にハマりました。
情報収集をする中で、現在サイバーミリオン社代表を務める久保和功さんのブログに出会います。

ある時、ブログの読者プレゼント企画で競馬の参考本に当選しました。
お礼のメッセージに「今度、阪神競馬場に遊びに行きます!」と添えて送ったのですが……。

「本当に来るとは思いませんでした」

当日、競馬場でお会いした久保さんにそう驚かれたのを覚えています。
当時はまだネット上の交流が珍しく、社交辞令で終わる人が多い中、実際に足を運んだ初のファンだったようです。

3. データ×現地の「消去法」スタイル

当時、久保さんが所属していた競馬データ集団「JRDB」の赤木一騎さんや久保さんから、パドックでの馬体チェックの基礎を直接伝授していただきました。

私のスタイルは、「膨大なデータ」に「現地の馬体チェック」を掛け合わせ、いかに来ない馬を削るかという「消去法」

  • 目標: 年間万馬券10本以上、収支は少しプラスを維持。楽しんだ分お得。
  • 買い方: 3連複BOXを軸に、3連単・馬単BOXを絡める

一発大きな「ホームラン」を狙いつつも、根拠のない勝負はしない。
今の私のビジネスや投資の基盤とも言えるデータ重視の思考は競馬でも変わらず。

4. 競走馬「ショウナンアクロス」の名付け親

実は、一生の自慢にしているエピソードがあります。

雑誌『競馬王』の企画で、「ショウナン」の冠名で知られるオーナーが馬名を募集していた際に応募したところ、私の案が採用されたのです。

その馬の名前は、「ショウナンアクロス」
あら不思議。綴りが違うだけでアクロス君ですね(笑)

自分の考えた名前がターフを駆け抜ける姿を見たときは、馬券が当たるのとは全く別の感動がありました。

5. 現在のスタンス

現在は株式投資を本格的に始めて、興味がシフトしてしまい、、、
毎週欠かさず馬券を買うような生活からは離れています。

しかし、今でも友人たちと「競馬場に行こう!」という話になれば、当時の知識と経験をフル稼働させ、本気で予想を楽しんでいます。
やはり、数字と向き合い、未来を予測するプロセスそのものが好きなのかもしれません。


自己紹介(性格編)


【自己紹介】中田 勝也のパーソナリティ

「どんな人が運営しているブログなの?」という疑問にお答えすべく、私の性格的なものを紹介するブログ記事を書いてみました。

1. 「いつもニコニコ」の裏側

基本的には穏やかな性格で、周囲からはよく「いつもニコニコしているね」と言われます。

ただ、自分の中では「どうでもいいこと」と「譲れないこと」の境界線がかなりはっきりしています。

  • どうでもいいこと: 晩ごはんの献立から日常の些細なルールまで、こだわりがないことは100%相手にお任せします。
  • 譲れないこと: 自分の信念や仕事の根幹に関わる部分は、はっきりと意見を伝えます。その際、少しばかり「毒舌」になってしまうのは、ご愛嬌ということで……。

2. 「後回し」は最大のストレス

とにかく、やるべきことを後に残しておくのが嫌いです。
「今できることは、今すぐ終わらせる」がモットー。

頼まれごとも、基本的には「NO」と言わずに引き受けます。
理由はシンプルで、「自分でやった方が早いから」
責任感があるのか、ただのせっかちなのかは自分でも謎ですが、スピード感を持って動くことだけは保証します。

3. ビジネス限定の「社交性」

実は、自分でも驚くほどの人見知りです。
大人数の集まりやパーティーのような場は、正直に言って苦手です。
初対面の人とは話せません。すみっこでひっそりしています。

しかし、不思議なことに「仕事」というスイッチが入ると別人のようになります。
1対1の対面はもちろん、セミナー講師や懇親会での挨拶など大勢の前で話すことも全く苦になりません。
プライベートの「引きこもり好き」と、仕事の「プロフェッショナル・モード」の切り替えでバランスを保っています。

4. 人間関係は「猫」が理想

一人の時間をこよなく愛するインドア派ですが、たまにふらっと外に出たくなる、そんな気まぐれな一面があります。

理想の距離感は、「同じ家の中に猫と妻がいて、お互い好きなことをしている」状態。
干渉しすぎず、でも存在は感じられる。
そんな「猫のような距離感」が一番落ち着きます。

5. 「論理」と「データ」を愛する理系脳

自分ではずっと文系だと思って生きてきたのですが、周囲からは「理系っぽい」と言われることの方が多いです。

  • お金: 増えていく感覚が好きです。
  • ギャンブル: 唯一、競馬を嗜みますが、それは運試しではなく「データ重視の投資」として楽しんでいます。
  • 継続力: 飽き性ではありますが、責任感があるので一度決めたことは形にします。

6. 人類よりも、猫。

最後に、これだけは断言させてください。世界で一番好きな動物は「猫」です。

「人間ごときが、猫様の可愛さに敵うわけがない」と本気で思っています。
冬場に猫と一緒に寝る時間こそが、至福。

寄付も「猫(動物)」と「人」であれば間違いなく猫(動物)を選びます。


【まとめ】

穏やかに見えて、中身は効率重視の超現実主義。でも猫の前では無力。

そんな少しクセのある性格ですが、どうぞよろしくお願いします。